オリヴィエ・メシアンの作曲家人生:第2回「リズムと色彩」
オリヴィエ・メシアン(Olivier Messiaen)は、20世紀の作曲家の中でもその独自性と革新性により著名な存在でした。メシアンは単なる音楽の枠を超え、鳥の歌、色彩、数学的な要素などを独自の音楽語法に統合し、その作品群を形作りました。
この記事では、メシアンの音楽語法の中でも特に重要な要素である「リズムの重要性とその影響源」「ヒンドゥーのリズムの影響と研究」「メシアンの和声語法」「色彩と音楽の結びつき」に焦点を当ててみます。
メシアンの作曲家としての旅路がどのように進化したのかを探ります。
1. リズムの重要性とその影響源
リズムの重要性とその影響の背景
メシアンはご自身を「作曲家兼リズム家」と自称されており、これは彼の音楽語法におけるリズムの役割の重要性を示しています。リズムの側面におけるメシアンの創造力は、古代ギリシアの韻律や中世のリズム、そしてその後の西洋音楽におけるリズム法の展開など、多くの要素から影響と刺激を受けています。彼はギリシアのリズムを学んだのはデュプレとエマニュエルを通じてでしたが、その後もギリシア語を理解できない中でも自己学習を続けました。特に、奇数リズムに興味を持ったことが知られています。
メシアンのリズムへの関心と研究
また、メシアンはル・ジュヌの《春 Le printemps》という「古代風に韻律づけられた詩」に基づく合唱曲39曲のうち33曲を分析する過程で、順列や重ね合わせ(アナクラシスなど)といった手法を通じて、対称的または非対称的な異なったリズムを組み合わせる方法に興味を抱きました。メシアンの作品には、ギリシアのリズムや韻律に由来した複雑なリズム構造が多く用いられている特徴が見られます。
2. ヒンドゥーのリズムの影響と研究
メシアンのヒンドゥー音楽への興味
ヒンドゥーのリズムにおけるメシアンの主要な情報源は、13世紀のシャールンガデーヴァによる《サンギーターラトナーカラ Sangīta-Ratnākara》という文献です。この文献には、120のデシ・ターラ(さまざまな地方のリズム)が一覧表として含まれています。
メシアンは多くの時間をかけてこの一覧表を研究し、個々のリズムとそれらの可能な用法を支配する一般的な法則を見つけ出し、また、これらのリズムが持つ宗教的または哲学的な象徴性を明らかにしようと取り組みました。
リズム変化の技法と逆行不能リズムの発見
メシアンはリズムの変化に対する特別な注意を払いました。彼が使用した技法には、さまざまな方法での拡大や縮小、要素の追加や削除、リズムの結合や要素への分解などが含まれます。特に「付加音価」という技法(各リズムの要素に同じ持続を加えること)は、定まった拡大の一例と言えます。
これらの技法を通じて、メシアンは逆行不能なリズムを発見しました。この発見は、彼の作品において非常に重要な役割を果たすこととなります。
3. リズムの変化と技法
西洋のリズムの研究と影響
メシアンは、ル・ジュヌやモーツァルト、ベートーヴェン、ショパンの作品を(非合理的な音価のために)、特にストラヴィーンスキイやドビュッシーの作品を例に挙げて、西洋のリズムについて研究しました。
特にストラヴィーンスキイの《春の祭典》の分析において、メシアンは「ペルソナージュ・リトミック」という概念を提唱しました。これは対称的または非対称的な方法でリズムが拡大または縮小されても、そのリズム構造が認識可能であることを指します。
終曲の“いけにえの踊り”がその明確な例であり、ブレーズも同様の分析を行っていますが、これは明らかにメシアンの以前の研究から生まれたものです。
ドビュッシーの影響と自由なリズム表現
ドビュッシーのリズムはストラヴィンスキイのリズムよりもメシアンに深い影響を与えたようです。
ドビュッシーの音楽では、リズムは調性や拍動に依存せず、小節線と強拍のリズム機能は弱められています。これによって、基本的な拍動に適合しない多くの自由なリズム形が可能になりました。
特に彼のピアノ作品において、この特徴が顕著です。
メシアンの作品におけるリズムの変化と技法
メシアンの多くの作品では、小節線のリズム機能が完全に放棄され、代わりにさまざまな持続やリズム細胞、リズム主題が活用される可能性が広がりました。これらの持続やリズムは独立した構造と複雑な対位法的形式の中で展開されていきます。
リズム・ペダルやリズム・カノンによって形成されるポリリズムのテクスチャは、その管理の厳密さと同等に豊かさを持っています。
器楽アンサンブルのための作品では、小節線は単に指揮者の手がかりとして書かれている側面も考えられるでしょう。
4. メシアンの和声語法
旋法システムの展開とセリエリズムの導入
メシアンの和声は、和声という用語がここでは音の垂直関係だけでなく、あらゆる音高関係を支配している原理という意味をも含んでおり、独自の特徴を持っています。
ドビュッシーの調性の広い概念を出発点とし、迅速に旋法システムを展開していきました。セリー技法(十二音技法)は特に〈オルガンの書〉で用いられ、その旋法システムを豊かに拡充しましたが、それに代わるものではありませんでした。
和声の次元とセリエリズムの結合
メシアンの和声語法は、調性と無調、旋法性とセリエリズム(総音列技法)を独自の方法で結合したものです。
彼の和声技法の中核には、移調の限られた旋法があります。これらの旋法は、限られた回数だけ半音ずつ移調できるが、その後は元の音組織が再現してしまう特徴を持っています。
移調できない旋法の対称性は、逆行不能なリズムの対称性と類似している点が注目されるでしょう。
最も重要なのは、メシアンの和声語法において旋法が作品の縦横の次元を支配し、横の線が旋法に属する音符によって和声が行われることです。これにより、彼はより容易にセリエリズムの世界に進むことができました。
セリエリズムは彼の和声スタイルを発展させ、以前の縦横の二元的なアプローチに基づく特徴を和らげる役割を果たしました。
伝統的和声とセリエリズムの交差点
伝統的かつアカデミックな意味での和声において、完全三和音に増4度または増6度を追加するなどの要素は、いくつかの手法と同様にセリエリズムの影響のもとで薄れていきました。ただし、これらの和声構造は後の作品、特に〈我らの主イエス・キリストの変容 La Transfiguration de Notre Seigneur Jesus-Christ〉(1969)に再び現れ、ここではメシアンが自身の技法のすべての進化段階を統合しようとした試みがうかがえます。
5. 色彩と音楽の結びつき メシアンの音楽語法の統合と展望
音楽と色彩の新たな結びつき
メシアンは、鳥の歌さえも含む新しい和声を生み出すに至りました。また、色彩についての考え方も彼独特でとても興味深い。
彼は音楽を作曲したり聴いたりする際に、色を見ると述べています(共感覚)。
彼の作品の中で特定の音楽と色彩の類似性を見出すことがあり(たとえば作品のページを「紫色」や「乳白色」と表現することもあるかもしれません)、これは主観的なものであり、特定の意味しか持ちません。
ただし、画家が色彩を混ぜ合わせるように、メシアンが音を組み合わせて作曲するのは確かであり、彼は音楽を作曲する際に、楽器の演奏法と和声構造の両方が彼自身の音(色)を生み出すために重要であると認識しています。
音を組み合わせるプロセスと色彩的な音の生み出し方
メシアンは、オルガンの混合ストップに似たプロセスを通じて、さまざまな色彩的な音を創造します。
音の高さは自然倍音列や、メシアンが「純粋なファンタジーの効果であり、自然共鳴現象にかすかに似ている」と形容するものに従った、垂直的な結合音の形で表されています。
そして、これらの音は基音を持つ場合と持たない場合があります。この技法によってメシアンは自身が「虹色」と称する新しい音の色合いをピアノ作品に与えました。
オルガンとオーケストラにおける音色の活用
オルガンの作品や特にオーケストラのための作品において、メシアンはストップや楽器、それらの組み合わせを独創的に使用し、複雑で豊かな和声を持つ響きを生み出しています。さらに、彼の音楽では音色の機能的な側面が極めて重要です。
ドビュッシーやメシアンの両者とも、音色を音高や音の持続と同じくらい重要な要素として位置付けており、音楽の構造上不可欠な要素として活用しています。
〈クロノクロミ Chronochromie〉は、音色の機能的な役割を理解する上で最も良い例です。この作品はその名前が示す通り、音色と音の持続の重要性に基づく構造を持っています。
6. 補足
共感覚
共感覚(Synesthesia)は、感覚が交差する現象を指します。
具体的にはある感覚の刺激に対して別の感覚が無意識に連動する状態です。例えば、音楽を聴いたり文字を見たりすると、色や味、香りなどの感覚が同時に生じるといった状況が共感覚の一例です。
詳細
メシアンは自身の著書「リズム、色彩、鳥類学による作曲法」で音楽と色彩の共感覚に触れています。
「私は音楽を聴く時、いつもそれに対応する色彩が見える。また楽譜を(頭の中で音を聴きながら)読む時も、それに対応する色彩が見えるのである」
音から色が見えるタイプを「色聴」と呼び、メシアンの色聴は非常に具体的で、複雑なものだったようです。
メシアンの音楽は色聴に基づいており、特に歌劇「アッシジの聖フランチェスコ」に色彩的要素が顕著にあらわれています。
彼はドビュッシームやソルグスキー、ストラヴィンスキー、ショパン、モーツァルト等、色彩的な音楽を作曲した例を挙げ、作曲家たちの色彩のイメージについて言及しています。
また、メシアンの音楽には多彩な楽器と混声合唱が取り入れられ、色彩的な効果が加わっています。彼は48種の固有な和音に色彩を記しており、音楽の中の主題や場面の色彩についても触れています。
セリエリズム
セリエリズム(Serialism)は、20世紀の音楽の様式の一つで、音楽的な要素(主に音高、リズム、ダイナミクスなど)を序列化(シリアル化)して組み立てる手法を指します。セリエリズムは、従来の調性や旋律の概念に基づく音楽を超越し、新しい音楽的アプローチを追求するために開発されました。
詳細
セリエリズムの主な特徴は以下の通りです。
- 12音技法(Twelve-Tone Technique): アルノルト・シェーンベルクによって提唱された12音技法は、セリエリズムの中でも最も広く知られています。この技法では、12の異なる音高(半音階)を特定の順序で配置することで、音楽の基本的な素材を生成します。この順序は「音列(row)」と呼ばれ、作曲全体にわたって変化させながら使用します。
- アトナール(Atonality): セリエリズムの音楽はしばしばアトナール(無調性)であり、伝統的な調性概念から解放された音楽を生み出します。これにより、新たな音楽的な表現が可能になりました。
- リズムやダイナミクスの序列化: セリエリズムは音高だけでなく、リズムやダイナミクス(音の強さ)など、他の音楽的要素にも適用されることがあります。これによって、音楽全体の統一感や複雑さが向上します。
- 音色の制御: セリエリズムは、単なる音高だけでなく、楽器の音色(ティンブレ)も序列化することがあります。これにより、特定の音楽的エフェクトやテクスチャを生み出すことができます。
セリエリズムは、アルノルト・シェーンベルク、アントン・ウェーベルン、アルバン・ベルクなどの作曲家によって初めて展開されました。その後もセリエリズムは発展し、様々な派生や応用が行われました。セリエリズムは音楽の制作方法を変革し、新しい音楽的アイデアや音楽学的な考え方を刺激する重要な潮流となりました。
混合ストップ
「混合ストップ」(Mixture Stop)は、オルガンや一部のキーボード楽器で見られる、特別な効果を持つ音色の1つです。オルガンにおいて特に一般的に使用されるものですが、パイプオルガンなどの楽器で見られます。
詳細
混合ストップは、複数のパイプの音を同時に鳴らすことによって、より複雑な音色や厚みを作り出す効果を持ちます。通常、同じ音高の異なるパイプが組み合わされ、それによって倍音や和音の複雑さが生まれるため、よりリッチな音響効果が得られます。
例えば、シンプルなストップ(音色)では、オルガンの1本のパイプが特定の音高を鳴らしますが、混合ストップを使うと、同じ音高の複数のパイプが鳴ることになります。これによって、音がより豊かで洗練されたものとなります。混合ストップの組み合わせには、主に1オクターブ、2オクターブ、4オクターブなどの倍音比率が用いられ、特定の音程の倍音が重ねられます。
混合ストップは、オルガンの演奏において、特に堂々とした音色や厚みのある音楽表現を実現するために使用されます。教会の礼拝やクラシック音楽の演奏で頻繁に聴かれることがあります。混合ストップの組み合わせや種類は楽器やオルガンビルダーによって異なる場合もありますが、その効果はオルガンの音楽を彩る重要な要素の一つです。
7. オリヴィエ・メシアンの有名な録音アーティストとその演奏スタイル
クロノクロミ
カール・アントン・リッケンバッハ(Karl Anton Rickenbacher)
スイス出身の指揮者。オペラやオーケストラの指揮者として国際的に評価されました。
オペラとオーケストラの両方で幅広いレパートリーを指揮し、特にワーグナーやリヒャルト・シュトラウスなどのドイツ音楽や、フランツ・リストやフェリックス・メンデルスゾーンなどのロマン派音楽に関する指揮が注目されました。
彼の音楽的なアプローチは、深い表現力と音楽の繊細なニュアンスを重視するものでした。
アッシジの聖フランチェスコ
ケント・ナガノ(Kent Nagano)
アメリカ合衆国生まれのカナダの指揮者。
ナガノはボストン交響楽団の指揮者としての経歴をスタートし、その後、さまざまなオーケストラやオペラハウスで指揮を務めました。特にベルリン交響楽団やモントリオール交響楽団、ゲヴァントハウス管弦楽団の首席指揮者を務めるなど、国際的な活動で名声を確立しました。
ナガノの音楽的なアプローチは、伝統と革新を組み合わせたものであり、特に現代音楽や新しい作曲家たちの作品にも注目しました。彼は、ジョン・アダムズやオリヴィエ・メシアンなどの現代作曲家との共演や、異なるスタイルの音楽を柔軟に指揮する能力で知られています。
8. まとめ
- メシアンは自身を「作曲家兼リズム家」と位置づけ、リズムの重要性を強調。
- 古代ギリシアの韻律や中世のリズム、西洋音楽のリズム法に影響を受け、奇数リズムに興味を持つ。
- 合唱曲の多くは古代の詩に基づき、順列や重ね合わせによるリズム組み合わせに興味を持つ。
- ヒンドゥーのリズムに関する研究で、シャールンガデーヴァの《サンギーターラトナーカラ》を基に120のリズムを分析し、宗教的・哲学的な象徴性を追求。
- ヒンドゥー起源のリズムと逆行不能リズムを用いて複雑なリズム構造を作品に組み込む。
- 旋法システムの発展を通じて和声概念を独自に展開。セリエリズムの影響も見られる。
- 色彩に関する観念で、音楽を作曲する際に色を見ると述べる。音高と音色の結合を通じて色彩的な音を創出。
- 音色は音高や持続と同様に重要な要素で、音色の機能的な側面がメシアンの音楽で重要。
メシアンの音楽は独自の技法と想像力によって豊かに表現され、西洋音楽に革新的な可能性をもたらしました。